【前回記事を読む】職場で愚痴を零すと、「旦那さんに手伝ってもらえばいいじゃないの、要領悪いわね」と笑われる。でもうちは...

番外編1 1998年9月

寿退社して、8年ぶりに社会に出た。少しでもちゃんとした仕事がしたくて、家事の合間に簿記2級の資格を取った。採用になったのは会計事務所のパートだった。

帳簿をつけて、月が変わったら試算表と管理表を作る。会計監査の担当は持たないし、出張もない。それなら続けていけそうだと思った。しかし、1カ月が経った頃、グループ会社の経理の女性が退職して、私に流れてきた。おずおずと引き受けたら、給与計算と請求事務、検収事務がおまけでついてきた。仕方ない。承諾してしまったのだから。

2カ月が過ぎた頃、所長室に連れていかれ、誰もが嫌がる「所長つき」と呼ばれる秘書の仕事を押しつけられた。

「話が違う。そんなにたくさんは無理」。喉元まで出た言葉を無理やり飲み込む。入社したばかりの立場で仕事を選んでいるように思われたくない。積み上げてきた私の一生懸命を、わがままのように思われてしまいたくない。

なにより権利を主張したって、勝ち目はなさそうだ。凪いでいる海にわざわざ波を立てても、結果的に言いくるめられるような、わかり切った押し問答などしたくない。

パートの先輩たちは全部で5人。みんな自分のペースで仕事をしている。私だけ日々ボリュームが増していく。不公平だ。けれども、上手に伝えられる気がしない。

先輩たちのご機嫌を伺い、女同士の調和に気を遣って作業的な仕事をするよりは、背伸びしてでも忙しい方が向いている。無理矢理自分を納得させる。冗談交じりに、キャパオーバーだと嫌みを繰り出せば、「何でも引き受けるからよ」と、複数の笑顔で返り討ちにされる。「断ればいいのになんでも引き受けて。ほんと変わってるよね」。

毎晩、所長室の水の入った灰皿で溺れる夢を見る。

夫のサポートもできていないのに、人のサポートなどなおさら無理だ。