看守も含め、魑魅魍魎(ちみもうりょう)の巣窟だと仮定したほうがよさそうだ。誰も信用してはいけない。
俺は、目の前の岩井という男に、実名や罪状を教えてよかったのだろうか。不安がよぎった。だが、俺自身も表向きは会社員でありながら、自宅でマリファナ栽培をしていた。同じ罪人。岩井と大して変わりはないのだ、とすぐに思い直した。
今さら守るべきものもない。まずは、今を乗り切れればいい。いろいろ情報を仕入れる必要がある。
岩井さんに質問した。
「同じクスリ系ですね。どうして逮捕されたんですか?」
「ガサだよ。ガサ入れにあって、そこにネタがあって現行犯逮捕。一緒にいた女も捕まった」
「誰かにチクられたんですか?」
「いや、たぶん逮捕の少し前から、マトリにマークされてた」
マトリとは、麻薬取締官の略称で、麻薬捜査を専門にしている厚労省の職員だ。昨今の芸能人の麻薬逮捕は、マトリのご活躍によるものだ。東京オリンピック前の大掃除だ。岩井さんは、覚醒剤=シャブを売買する商売をやっていた。
逮捕される前までは、けっこううまくいってたらしい。やがて、手を広げ過ぎたのが原因で、客の中に逮捕者がいたことに気づかなかったらしい。その客づてに岩井さんが割れ、マトリに張り込まれた。狙いすまされ事務所をガサ入れされ、逮捕に至ったのだ。