渡りに船、偶然の必然というやつだ。人生の節目でこんなことがよくあった。何故だろうと考えても分からないものは分からない。そのときもそうだ。ミランダは外交官の娘。金髪をショートボブにカットして大人っぽい雰囲気を出していた。
襟足が美しく、目鼻立ちも品(ひん)良く整っている。二〇歳年下。肩と肩がぶつかった。肉のパワーに弾かれた。素肌は白ホワイト、日本女性の素肌をいうときの色白(いろじろ)とは違う。艶(なま)めかしさがない。どちらがどうというのではない。
本屋に併設された喫茶店の常連客だった。コーヒーのお代わりは無料だったので居座って小説を書いている。新疆(しんきょう)ウイグル自治区にはミランダと同じホワイトで色目(しきもく)の女性が多い。
音感に優れていた。元(げん)ではモンゴル人に次ぐ序列で漢人の上に立つ民族だった。中国全土の音楽シーンをいまも牛耳っている。黄河流域の北方人はアーリア人の枝分かれ。すでに色目はない。主食は小麦と雑穀。
一方、長江流域の南方人はスンダランドの熱帯アジア人の枝分かれ。主食は米。北方人は大柄で大まか。対する南方人は小柄で細かい。ちょっと話してみたら分かる。口腔の中空に舌を漂わせて息を出すと発音記号「Shi」という音が出る。そのままで舌を振動させると発音記号「r」という音に変わった。
これができるのが北方人、できないのが南方人。「す」あるいは「し」になってしまう。適齢期の娘さんがこの発音を決めると甘く切なく胸にキュンと来る。台湾出身の歌手テレサ・テンの「shi」の発音はいい。だから彼女の歌は中国語の方が好きだ。
素性が全く違うのに共に漢人を名乗る。面白い。少数民族はこの区分から原則的に外れるが、党の意向かどうか、漢人への同化が進む。気に入らんけどね。
夜はショットバーになった。本屋の仕事を終えてからジンの炭酸割り(ジンリッキー)を飲みながらトラドとミランダの三人でばか話に花を咲かせた。彼は北京大学中文系の四年生。親はモンゴル茶を製造している。
気が合った。馬乳酒の季節、それが目的でトラドと行き当たりばったりのゲル(モンゴル人のテント)によく立ち寄った。気候もいい。夜も寒くない。ツェルト一つあれば、ビバークもできる。焚き火はしない。草原ではタバコも吸わない。神聖なところだ。
水筒の水でウイスキーを割って、ビスケットでも食べておく。こんなことがあった。何張りかのゲルの集まりに立ち寄る。二人の正装したお嬢さんが随行を連れて出迎えてくれた。