【前回記事を読む】白人にとって地中海は輝ける海だ。その先にある北回帰線の熱い砂の壁に突っ込んでいく

人類史上中国王朝だけが人口崩壊を起こしては復活する。歴代人口は三〇〇〇万人を超えない。大運河から東に広がる海抜七メートルの大陸はよく大水に飲まれた。そのせいだ。清は人口崩壊を乗り越えてついに五〇〇〇万人の大台に乗っていた。

それがいまは十三億人、人口の増え方が凄い。党員は八〇〇〇万人だという。最高機密だからこれも信じない方がいいと思う。田中角栄の日中友好が始まると、周恩来首相が要求してきたのは食糧増産の農薬だった。それと化学調味料。

二〇〇〇年秋の関空。突然妻を亡くしたことをきっかけに、仕事を辞め、二人の思い出が残る中国に渡ることにした。隣の女性は旅行会社の添乗員らしい。北京行き航空機の禁煙ライトが消えると彼女はハンドバッグからタバコを取り出した。

中が丸見え。みんなのパスポートと申請書類が無造作に放り込まれている。引っ掻き回しているところを見るとライターを探しているようだ。そこへ彼女の旅行客の子供が後ろの席からやって来た。

ハンドバッグから飴ちゃんを三つ取り出してあげている。小太りのべっぴんさんだ。おしゃれをしている。短めの黒のスカート、白黒のボーダーシャツに、赤いジャケットを羽織って、茶色の洒落たハンドバッグを無造作に提げている。茶髪にしたロングヘアが肩にかかって色っぽい。

「タバコを吸ってもいいですか?」と言いながら中身がもっとよく見えるように広げて見せてくれた。

長年気になっていた秘密の場所のそこは予想外に無防備だった。他の女の人のハンドバッグの中もやっぱりこんなにめちゃくちゃなんだろうかとびっくりした。こうすればいっぱい詰め込める。家の鍵は毎回この中から探り当てるんだ。

何かを出す都合で外に落ちることもあるんじゃないか。心配にならないのかな。そりゃ心配さ。慣れてくる。

「ライターを貸してくれません?」と話は続いて、箱から一本くれた。

赤ラベルの「福」というタバコで、日本でいうと「缶ピース」と同レベル、違いはフィルターか両切りか。健康なんて考えていなかった。うまさを満喫するために、咳込まないように注意しながら、重たいもわっとした煙を胸いっぱい吸い込んだ。

頭がくらくらする。老舎の近くに住んでいたという。生きていたらノーベル文学賞をもらえたのかもしれない。不思議な縁だった。孫弟子に当たる人の世話で働き口と住まいが見つかった。