女将自身、泣いたり喚いたりする子供は大嫌いで、一緒に暮らせたのは、大人しい道長との相性が良かったからだということを判っていたのであった。それでも、道長を引き取ってから二年後に、さき(二代目右近)を引き取ることになったのは、咲が、道長以上に大人しい子供だったからだ。

咲は、引き取られた時から、離れた所からじっと観察しているだけの子供であり、自分から話しかけることは絶対しなかった。学校へ通わせたが、咲は誰ともコミュニケーションを取ろうとしないので、教師に対応出来ないと言われ、家で道長が勉強を教えるようになった。道長は、反応の無い咲に対して、決して怒らず、粘り強く勉強を教えた。

何時しか咲は、道長とだけ会話をするようになっていた。

元々、咲は観察力の優れたことに加え、道長の的確な教え方の効果で、学校から貰ったテストの成績は良かった。

道長が学校へ行っている時は、咲は、家事(掃除・洗濯)以外の時間は、部屋にテレビは無かったこともあり、ラジオを聞きながら、道長が図書館で借りてきた、小学生には難しい経済や経営の本を片っ端から読むようになっていた。唯一、会話が出来る道長と様々な会話がしたいと考えての行動であった。

判らないなりに何冊も、そういった本を読むうちに、判る部分が増えていき、後に、道長が桜田部屋の収支報告の会議を毎月実施するようになった時、専門用語を挟んだ報告の内容を理解出来たのは咲だけであったのは、この頃の読書のお陰であった。

二人の桜田部屋での生活は、質素そのものであった。小遣いや甘い御菓子を食べる機会も無かった。

巴と坂額が、二人に差し入れをしようとしても、「ここに居るのは、あの子達が独立するまでの準備期間だから、甘やかさないでおくれ」と、言って、女将は断った。

また、咲は、巴達が弁当作りをしている時は、必ず、離れた所からじっと様子を見ていた。

 

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