【前回の記事を読む】かつてないほど注目を集める女相撲。小柄ながら関取となった彼女はまともに相撲で勝負せず...

桜田部屋の四人を乗せた車は、曇り空で暗い景観の街並みを抜けて、滑り込むように大和コロセアムの駐車場へ入っていった。

女将と道長は特別席へ移動し、右近と明荷(あけに)を担いだ雷子は、大関専用の支度部屋へ移動した。

支度部屋に入り、右近は女相撲専用のブラとパンツを着け、廻しを締めて軽く身体をほぐして、四股(しこ)とすり足を行った。

関脇や小結の場合は、専用のスペースで取組後の会見を行うのだが、大関の場合、支度部屋で取組後の会見を行うので広い造りになっている。だが、右近は支度部屋で会見を行ったことは一度も無い。桜田部屋の方針で、外部の者とは一切関わらない方針になっているからである。

雷子が「昨日の清少納言(せいしょうなごん)関との取組では、小式部内侍関は何とか勝ちましたが、スタミナの消耗が顕著になっています。柊部屋としては、全勝同士で千秋楽に右近関と小式部内侍関を取組ませたいでしょうから、今日の同門同士の紫式部関との取組でも、あっさりと勝つ可能性があります。逆に右近関と和泉式部関との取組は粘ってくる可能性があります」と言った。

右近もそう考えていた。初日の小式部内侍と大関である和泉式部との取組も、同門同士なのか、あっさりと小式部内侍が勝った一番であった。

右近は、幼少の頃から相撲をしていた訳ではないので経験は少なく、身体にも恵まれなかったが、それでも本場所で大関になり全勝優勝を重ねる程の存在になったのは、厳しい稽古に加え、右近が平常心で取組めるようにメンタル面の管理もしてくれて、対戦相手に対する的確なアドバイスを授けてくれた、妹弟子の雷子のお陰であった。

だが、今回に限っては、小式部内侍に対して具体的な戦い方のアドバイスを、まだ、雷子から受けていない。流石(さすが)に、何をしてくるか判らない相手なので、対策が取りにくいのであろうか。

右近が「明日の取組ですけど」と言いかけると、雷子が「何をするのか判らないと思わせるのが、向こうの作戦かもしれません。女力士としての実力は右近関の方が遙かに上です。小式部内侍関の足技も右近関の強靱な足腰には通用しません。何が出来るのか、お手並み拝見してやりましょう」と言った。

雷子は、右近が負けるとは微塵も思っていない様子であった。