「あんたさあ、明日はあれ(小式部内侍関)とどう戦うつもりなの」
珍しく、今日は相撲の話をするつもりみたいだ。右近の返事を待たずに紫式部が話す。
「昨日の会見じゃ、私のことを一言も話さないで全勝宣言とかしやがって。何が全勝宣言だ、あのタコ。のぼせんなタコ」
会見で小式部内侍に、いじってもらえなかったことに腹を立てているのであろうか。二呼吸程置いて右近が返答する。
「紫さん、私は負けませんよ。私が負けたら、今までの私達の相撲が全部否定されることになります。それだけは絶対にさせません」
紫式部は、右近を暫く見つめて、少し微笑みながら「何か、弱点が判れば教えてあげるわ」と言って、手をヒラヒラさせて支度部屋から出て行き、入れ替わりに雷子が戻った。
こうして、静かに支度部屋で待っていると、決して望んで女力士になった訳ではないのに、本場所で活躍している自身を不思議に思うことがある。
もし、女力士になっていなかったらと思う時もあるのだが、だったら自分は何になれていただろうと考えた。
雷子が事前の取組を見る為に支度部屋を出る。
防音機能を備えた支度部屋ではあるが、取組への歓声は聞こえてくる。基本的に大きな歓声は女力士達に対する賛辞である。
先程、聞こえてきた歓声は、かなり大きく、長いものであった。女力士達は良い勝負をしたのだろう。次は私が魅せる番だと、右近は自分に言い聞かせた。
間近の取組に、気持ちが高まってくるのを抑えるのに、水を一口飲んで、ゆっくりと息を吐くことを意識し、呼吸を整える。
支度部屋の扉が開き、雷子が開口一番
「むっ、紫式部関が勝ちました」
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