【前回記事を読む】振り向いた彼の胸に手を当てて背伸びし、唇を重ねた――2人きりの店内。妻子のある彼に…
花の棘
次の休日は晴れ上がったので、よし子は隣のターミナル駅まで買い物に行くことにした。
かなり人出のある駅前で、信号の変わるのを待っていた。
何気なく停車している車を眺めたら、フロントグラス越しの助手席に、女の子が座っていた。あの子だ。男の子に追いかけられて、けがをした子。
外に立つよし子と目が合った。けんかを止めてくれた人だと気がついたようだ。
驚いた表情になり、運転席に話しかけた。
運転席には孝介がいた。女の子が孝介に興奮した様子で話しかけている。
孝介がこちらを見た。よし子と目が合った。女の子はまだ話し続けている。
孝介は前を向いた。渋滞していた車がゆっくりと進んでいった。
あちこちで夏祭りが話題にのぼる季節になった。
よし子の店にも鳶衆(かしら)が来て町内揃いの提灯と紙垂(しで)のついた縄を張っていった。
よし子は装った店構えをちょっと遠くから眺めた。それからもう一度箒を使い、水を打って盛塩をした。お囃子が遠くから聞こえてくる。
なんとなくウキウキするのは子どものときと一緒だ。最近は人波にもまれて縁日を冷やかすこともしなくなったけれど。
浴衣姿の若い娘が通りかかり、よし子に向かって会釈をした。着つけないぎこちなさが却って初々しい。
似合うわよ、と声をかけると笑顔になった。
そういえば孝さんとお祭りに行ったっけ。
娘さんに金魚の浴衣を見立ててあげた。そうして私も浴衣を買ってもらったのだ。