不意によみがえった思い出に気持ちが湧き立っていった。
店の準備が終わったところで二階に上がり、浴衣を取り出した。紺地にトンボが染め抜かれ、流れるような白い線が涼風の風情だ。
浴衣のことなんて孝さんは覚えていないだろうな。からし色の半幅帯(はんはばおび)を貝の口に結んで、抜いた襟をもう一度鏡に映してみた。
七時を回ったころ、地元の幼馴染が揃って現れた。
子どもたちも友達同士で出たとかで、みんな昔の顔に戻っている。
「よし子ちゃん、今のうちにお参りに行ってきたら? 私たちで店番してるよ。帰ってきたらみんなで飲もう、それまで待ってるから」
二人ほどが残り、あとは連れ立って出かけることにした。
浮かれ気分で金魚すくいをやったけれど、みんなすぐに破れてしまって、二匹だけ袋に入れてもらった。
本殿に着いて賽銭を投げて手を合わせる。何を願おうか、とりあえず商売繁盛、健康祈願、それから、願いたい人の顔が浮かんでくるけれど、それを願ったら不幸になる人ができる。
よし子は思いを追い払うように目を閉じる。いやだわ、浴衣なんか着たせいで変なことを思う。
お参りを終えて体を回したら、後ろに立っていたのは、追い払ったはずの人だった。
孝介の視線が、トンボの浴衣に注がれている。それを避けるように目を伏せると、女の子と手がつながっていた。金魚の浴衣を着てゴム草履をはいている。まだこの浴衣着られるのね。
孝介たちもお参りを済ませた。
よし子は女の子の前にしゃがんだ。
「その浴衣、かわいいわ。もう男の子にいじめられないわよね」
女の子は恥ずかしそうにうなずいて、孝介を見上げた。
商売とは別の声が孝介の耳を掠めてゆく。およしの二階で聞いた声が、孝介をとらえる。記憶が過去形になっていない。
よし子のうなじを見つめたまま、孝介は立ち尽くしていた。