あさみは汚れた布巾やハンカチを集め、階下にあるキッチンへ一人で降りていった。悲しさやら悔しさがこみ上げてきて、息をするのも苦しかった。理緒子の幸福を、自分は一度でも邪魔しようとしただろうか。一度でも相手の男性を笑ったことがあるだろうか。涙があふれてきて途中で階段が見えなくなった。なんて友達がいのない人だろう。
これまで自分はどんなに親身になって理緒子の相談に乗ってきたことか。その恩をあだで返されたのだ!
友情は終わった。14年間の友情は泡と化した。母の言うことを聞いて、理緒子とは疎遠にしていればよかったのだ。自堕落で、不作法で、かわいげがなくて、傲慢な女!
男に抱かれながら貧乏ゆすりしている、薄情な女! 機械にしか愛情を抱けない、脳みそばかりの冷血女!
悪ふざけをするか、騒動でも起こしていないことには、あの破天荒の両親から強烈な刺激を受けて育った女には、退屈で退屈で、もたないのだ。こんな見せかけばかりの世界など、理緒子には味もそっけもなくて、やり切れたものじゃないのだろう。
ときどきテレビで見る、どうしようもなくつまらない映画みたいなものなんだろう。
薄暗く、小汚いキッチンで、あとからあとから流れる涙を拭いながら布巾を洗っていると、後ろの廊下から足音が聞こえた。
と思う間もなく人が入ってきて、頭の後ろを手荒く小突かれた。さんざん覚えのある、理緒子の細くて硬い手だ。
「あんたのおめでたいお坊(ぼっ)ちゃんが、もう大丈夫だから、って言ってたわよ」あさみは髪の毛が跳ね上がるくらいに、激しく振り向いた。
「自分が結婚に失敗したからって、なんであたしを引きずり降ろそうとするの! 汚い人!あたしがいつあんたの彼氏をクサしたことがあって? いつあんたの彼氏にお茶を引っかけたことがあって?
お願いだから、あたし達をそっとしておいてちょうだい。あんたは今すぐ帰って。タクシー呼んで帰ってちょうだい。もうあたしは、悪ふざけにおかしがってる女学生なんかじゃないの!」
理緒子は体重を片足に移動させて〝休め〟の格好になった。わめきたいだけわめきなさい、とでも言うように、濡れしょぼたれるあさみの頬を冷ややかに見下ろした。そのまま口を開かないので、あさみは抗議を続けた。
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