最後のシーンで思う存分、溜飲(りゅういん)を下げた。台詞まで諳そらんじられる。

「ただ一言、おっしゃってくださいませ。……妻じゃと一言」「武蔵の女房は、出陣に女々(めめ)しゅうするものでない。笑って送ってくれい」。その一言はお通の、そして松子の心を打つ。だからこそ、お通は涙を見せず「お心措(お)きなく……。行ってらっしゃいませ」と送り出せたのだろう。

武蔵と同じように、光る君たちも、そんな思念を胸に戦場に駆り出されていったのだろうか。ヒデちゃんを送り出して六十余年の光陰が過ぎる。いまだ松子は巌流島にたどり着けない。

再び閑話休題。次世代の子孫が先祖の胸の裡で「一苦一楽」に関心を寄せている。

妖精「松子さんは織姫やお通、ペネロペイアの役どころになりきっているわね。図々しい気もするけど、光る君に逢えるのかなぁ。何年たっても難しい予感がする」

天使が「一苦一楽かぁ。苦しいばかりじゃやりきれないし、楽しいだけでも緩んじゃう。苦労は買ってでもしろって言うよ。苦しいことのあとには、楽しいことがきっとあるはず。人生、楽ありゃ、苦もあるさ~」

織姫からお通に変身した大伯母の感傷の起伏を想像する由(よし)もなく、諭は帰宅後、さっそく父・胖に報告した。

「宇佐神宮に行ったときに、ホメロスのオデュッセイアの話をしたな。俺も子どものときは、魑魅魍魎(ちみもうりょう)が跋扈(ばっこ)するオデュッセウスの冒険譚に夢中だった。ちょっと待て、日本の神話にもあるぞ」と胖は記紀の本を渡す。