父母の喜ぶ顔を見ながら、聡一郎には一抹の不安があった。史からふっと感じる自分以外の男性の存在である。その思いを打ち消すように、大阪に帰った聡一郎は、プロポーズするため、指輪を用意した。

 

史との約束の日、知之はもっとも気に入っているイタリアンレストランを予約していた。〈最後のディナーに相応しい時間にしたい〉ネクタイを締め濃紺のスーツを着用し、史が来るのを待った。

テーブル中央には可憐な花が飾られ、控えめに灯っているテーブルライトが素敵な空間を演出している。〈プロポーズの場だったらなあ〉そんな気持ちを慌てて打ち消す知之。史が席に着いた。紫がかった濃紺のスーツがよく似合っている。

「久しぶりだね、元気そうだな」

「うん、元気よ。知、なんか今日はめちゃ素敵じゃない?」

「そうかあ、照れるなあ」「今日は素敵なレストランに連れてきてくれてありがとう」

「どういたしまして。メニューは勝手に決めてるよ、いいだろう?」

「もちろんよ」

「さて、ワインはどうするかな」

ワインリストを片手に、小首をかしげる知之。史は、おだやかで懐かしく安心できる心地よさを、以前よりさらに強く感じていた。

そして〈なにこのときめき、初めて感じる知之への感情、このときめきはなに?〉今までと違った気持ちが高まっている。

最初に選んだワインは、サッカーW杯2022で優勝したアルゼンチンの白。ソムリエが勧めてくれた銘柄だ。ソムリエがグラスに注ぎ始めると、果実の香りが立った。二人は、「乾杯!」グラスを静かに合わせた。

同時に一口含み、キレがあるのにコクのある味わいに、思わず「ブラボー!!」ソムリエがのけぞって微笑んだ。

シェフ自慢の料理は、絶妙のタイミングで運ばれてくる。

「うわあ、きれい」

「うん、きれいだねえ」

「美味しい! この味大好き!」

「俺も好きだなあ」

ワインとのマリアージュも際立っている。料理とワイン、どちらも限られた二人の幸せな時間に花を添えているようだ。

フルコース最後のドルチェとコーヒーが運ばれた。いよいよその時が来たのだ。

「史、俺ずっと嘘ついてた、ごめん」知之は、史の顔を真っすぐに見て言った。

「うん?なんのこと」

 

一呼吸おいて静かに語り出す知之。「俺、脊髄腫瘍なんだ。良性だけど腫瘍が大きくなる可能性が高い。ゆくゆくは車椅子の生活になる」

本連載は今回で最終回です。ご愛読ありがとうございました。

 

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