「……今更遅いもん……」
「私ずっと言ってきたじゃない、自分のキャリアちゃんと考えなさいねって。あんたも結婚願望はないんでしょ? だったらなおさらよ」
「……結婚したくないわけではないよ。できないと思うってだけ」
「あんたがそう思うのもわかるけどね……だったらなおさら1人で生きていくために覚悟決めなさい。くるみは昔っから、そういう真面目に考えることを避けてきたふしあるでしょ」
「……そうだけど……」
「現状維持はそりゃ楽よ? でも毎日忙しいからってそれにかまけて過ごしてたら将来後悔するんだから」
そもそも、くるみは自分の将来についてあれこれ思いを巡らせることが苦手だ。姉や友達ほど仕事に没頭できるわけでもないし、自分にそこまでのガッツはない。だからこの先どうなるのか不安で、その不安のあまり何も考えないようにしている。いわゆる思考停止の状態にいた。
わかってはいても、この状態から抜け出すのは難しい。心地よくぬるい温泉のなかに、いつまでもたゆたっていたい。何も考えず何の負荷もなく、ただ巡りくる日々をこなしているだけだった。だからこの話題は耳に痛い。
「30か……」
それでも、30歳という節目を前にすると、随分長い間何も考えずに生きてきてしまったという後悔もある。
かといって、千春がいうように自分のやりたいことを考えた時、デザイナーになりたいと今更言い出しても叶うはずもないと思ってしまう。
「……ねぇ、やっぱり転職って年齢大事?」
「そりゃそうでしょう。どんな会社でも、若い子が欲しいの。私だって必死に働いてたらあっという間に転職時期が過ぎて今の会社にしがみついてるんだから。今どきは多様性だとか何だとか言うけど、結局どこの会社も若い人が欲しいのよ。まだ若いんだから、もし何か他にやりたいことがあるなら、今動きなさい」
「……うん、そうする」