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中学校時代

高校受験を控えて

勉強をしないでいいとは思っていませんでしたが、勉強に根をつめる意味を認識していませんでした。自分のためというよりも、「親が言うから」「勉強がわからなかったら学校が楽しくないから」くらいの認識でした。

そういう状態でしたから、中間試験や期末試験のときは直前に詰め込むしかありません。特に社会は毎回一夜漬けです。その一夜漬けで覚えた、「平賀源内─エレキテル」はそれを覚えた夜のことまで鮮明に覚えているくらいですから、中学2年生の体力はすごいものなのです。若い時のエネルギーを実感できる記憶です。

そんな様子でしたが、中学1年のときから近所の塾には行かせてもらっていました。毎日うれしい、楽しいという気持ちで過ごしていたのですが、高校受験のことはいつも心の片隅にあり、「考えたくないけれど考えないといけない」「でも考えると今の自由がなくなる」というような葛藤を感じていたのは事実です。

そして、能天気なまま中学3年の春を迎えることになりました。そこで、それまでの2年間のスタンスが急に切り替わるわけではありません。結局、受験のために生活するうえでの思い方や生活時間の使い方を、追い込まれて変えざるを得なかったのは3年生の夏休み前のことだったと思います。

3年生に進級した4月頃より、友達が少しずつ受験モードにシフトしていく感じがよくわかりました。「俺も受験するんやろなぁ」そんなくらいの思い方で上の学校に進学できる環境はありがたいことです。

しかし、当時は「進学するのは当たり前」、また、自分のなかで進学の目的は明確にはなってはいないけれども、「自分が狙えるできるだけレベルの高い学校を受験する」ことを前提にしていました。

「将来どんな仕事をするために、どんな知識や技術を習得するか」などということは全く考えないまま、「~高校を受験できるかな」「高校に受かるかな」という程度の思い方です。しかし、反面、心の内ではかなりのプレッシャーを感じながら毎日を送っていました。

そうはいいながらも、そんなに急に勉強モードに切り替えられるわけがありません。結局、のらりくらりしながら、夏休みを迎えてしまったのだと思います。ただ、いったん勉強モードに突入したらそのペースでやることが自然になるので、夏以降は突っ走ったと思います。