壁板のわずかな穴から、日光が差し入ったのは、単なる偶然のなせる業ではなく、自分の力ではなかったのかとの疑いが膨らんでいった。
実際、それが紛れもない本当の力であるとの確信に至るまでには、幾日も要することはなかったのだが……」
ここまで話し終えると、老人は再び清水をグラスに注ぎ、それを飲み干した。
「その日を境に、わしは過去の時間を百分の一秒だけ繰ることのできる塵芥仙人(ごみせんにん)と相成ったのだよ!」
老人の長い独白はここで終止符を打った。
有三は半ば呆れ顔でこの老人に対峙していた。
「はあ、なるほど、あまりにも荒唐無稽なお話なので、正直、すべてを信じろと言わ れても無理がありますが、あなた様からは、確かに霊妙なる力を感じます。
何か良い手立てがありましたらぜひ、それにおすがりしたい。私のこの度の失態が、末代までの嘲笑となるのだけは避けたいのです。
自分がこれまで歩んで来たほぼ六十年間、一度たりとも人から後ろ指を指されるようなことはありませんでした。
ここへ来て、この人生に傷を付けるくらいなら、むしろ死んだほうがましです。もし、真っ当な人生で終われるのであれば、私の余命の一部、十年など安いものです。
お譲りいたしましょう。ぜひに、失せ物を見付け出してください。お願いいたします」
依頼人の決意のほどを確認した老人は、部屋の最奥に鎮座している金庫(それもどうやら多事の経緯を踏んで、ここに辿り着いたと思われたが……)、その、頑丈で重い扉を開き、中から年季の入った台帳と硯箱を、さも大切であると言わんばかりに恭しく取り出してきた。