【前回の記事を読む】「1人、勘定が合わないんだ。タイタニック号の死者数と生還者数は…」―その1人と同じ肉体の変化を遂げた、と巨大蛆虫は言う
塵芥仙人
「わしも起業して五年、これからという時だった。当然“生”に未練たらたらであって、ましてや、このように臭くて汚らしいゴミの世界で一生を終わらせるなど想像だにしたくはなかった。このままいけば、そのうちに人間の感覚はすべて失うだろう。
饐えた臭い、腐った飲食物で笑壺 (えつぼ)に入る蛆虫に成り下がって余生を送るくらいならば、いっそ死んだほうがましだ。そう思った。
その時だった。一瞬、目の前が真っ暗となり、その後すぐに辺り一面が金粉を放散したような明るさに包まれたのだ。それは、どう見ても幻夢の世界に違いなかった。ゴミ塊の住人らがこちらを向いて一斉に喋り出したのだから。
彼らの中には、生物 (なまもの)の他に、使い捨てられた食器、家具、調度品、着物や装飾品の類もいた。分けても自己主張が強かったのは、腐りが進み、売り物にはならなかった野菜や果物、肉といった食べ物の連中であった。葉っぱのほとんどが朽ち果てて変色し、その溶け出した繊維から異臭を放つキャベツがこう切り出した。
『わしは、ここから数キロ離れた農園で採れたキャベツじゃが、青々と瑞々しい葉を何葉も巻いて出荷を待っておった。しかし、今年は天候に恵まれ、いつになく豊作となり、東京へ持っていっても二束三文にもならん。長々と出を待っておったらこのざまじゃ。とうとう人の手にのることもなく、こうしてここに捨てられてしもうた。惨めなもんじゃ』
すると、今度は上品な和箪笥が、一番上の引き出しを口に見立てて語り始めたのだ。残念なことに、ゴミと化したこの者には、最下段の引き出し左方から最上段右方に向けて一直線、深くて太い引っ掻き傷が走っておった。