【前回の記事を読む】眼前で悲愴極まりない話を続けるこの者の姿が、近い将来の自分なのかもしれない…。怖くてその先を聞く勇気が持てず…

塵芥仙人ごみせんにん

そして洪濤(こうとう)となって沸き上がる恐怖を感じ始めていた。体調変化の時間こそ異なれど、体の変貌ぶりには驚くほど差がないということに。蛆虫の話はさらに続いた。その者は意外に物知りであったのだ。

「俺は、元が人間様であるが故に、その図体の大きさったらない。何億年前か知らぬが、陸を支配していたトンボの祖先は、今のヤンマの何十倍も大きかったらしいが、俺と米粒ほどの蛆虫との大きさ比率には遥かに及ばぬだろうな。

生きて捕まれば、訳の分からぬ場末の昆虫館へ送られ、そこでのいい笑い者。死ねば死んだで、剥製にでもされて、見世物小屋如きの秘宝館に鎮座し、晒し者となるのが落ちだろう。

ところで、俺に起きたかくの如き体の変化というものは、過去にも幾つかの例があるらしい。しかし、なぜか黙殺され続け、日の目を見ずにいる。想像を遥かに超えた精神作用が細胞の構成要素に働きかけて、身体の変化を引き起こすらしいんだが。

実際、生物は発生時から今日に至るまでの進化の過程において、その種が獲得してきたすべての形質を個々の体内に潜在させているかもしれんのう?

そうであれば、ごく稀に、環境の急変に対応するため、先祖返りを起こした者がいたとしてもおかしくはない。瞬時に変じた者もいれば、俺のようにゆっくりとした奴もいる。またお前も、変化の速さが俺とは別のようだ。

いずれにしても、このような道理を欠いた現象は、どうも特別な精神を有する人間だけが、それも特殊な環境下においてのみ引き起こされる事例であって、人間以外の生き物では例を見ない。知っているだろう、有名なタイタニック号の海難を。想像しがたいことだが、精神作用が肉体を瞬時に改変した事例は実際に起こっているんだ」

蛆虫こと中村通は、この者の以前の職業について詮索せずにはいられぬほど、博学であった。

「お主は先生でもしとったのか? 何でもよく知っておるし、話もうまい。わしとてタイタニック号の話ぐらいは知っとる」

そう聞いて、蛆虫の語調はやや上がった。