【前回の記事を読む】巨大蛆虫からゴミたちの後事を託された老人はそれと引き換えに神通力を得た
塵芥仙人
「わしは、この醜悪極まりない地獄のような穴の中で夢でも見ているのだろうかと困惑した。いずれにしても、一刻も早く、悪夢から逃れたい。その一念で、一も二もなく、承諾を示す大仰な頷きを入れていた。
さて、それはそれはかつて見たことがない変梃 (へんてこ)な夢であった。ゴミに群がるハエの羽音に促され、ゆっくりと目蓋を開いてみてまさに仰天した。
自分の体は、ゴミ穴の底にあらず。リヤカーと共に、穴の上部にややせり出た形で設けられた廃棄口の真下にある鉄枠に、辛うじて引っ掛かっておったのだ。
鉄枠は、不測の折、そこに鎖を掛け重機を下ろすことのできる頑丈な作りであった。リヤカーもわしも穴への落下を免れておったのだ。
車輪は鉄枠にはまり込み、わしはリヤカーの取っ手の部分と枠との間に挟まって、もがいておったということになる。
しかしどのように思い巡らせてみても地獄の十数日間の模様を打ち消すことができなかった。あの忌まわしい日々が一時の夢であったとは……」
ここまで話すと老人は、一旦深い溜息をついた。それは自分の中にある不可思議な記憶に当惑しているふうでもあったが、自らの心を決める作業にも思えた。そして再び話を続けた。
「確かに落ちたはずであった。目を閉じて、頭に渦巻くものを整えてみた。不確かな記憶が二つ、重く伸し掛かる。一つは、穴底で出会った巨大な蛆虫とのやり取り。
野菜や箪笥を含めてあの蛆との会話は脳裏に鮮明に焼き付いている。そして、もう一つは、今まさに鮮明化しつつある記憶。
事の発端となった、生ゴミを捨てに廃棄口よりリヤカーを押し出した瞬間の映像だ。夕刻となり、ゴミの最終投棄の際であった。