いつものように、生ゴミを積んだリヤカーを押し、ゴミ穴へと向かった。すると、日中の暑さに当たったのであろうか、廃棄口の所に差し掛かった折、ふらっと意識を失いかけた」

有三は、確認の意味を込め口を挟んでみた。

「ここが、この話の出発点でしたね。このような奇妙な話にこれ以上付け加えることがおありなのですか?」

老人は頷いた。

「ここじゃよ、この場面で、これまでの記憶と新たな記憶が交錯するのだが、後者がどんどんと支配を強めていく。

あの時だ、雨も吹き込む粗末な建屋の西側面の杉板に空いた小さな節穴から、沈みゆく夕日の断末魔の光が差し込んできて、わしの目を射抜きおったんだ。

小さな穴から日光が侵入して、それが丁度わしの目の位置に合わさるなどの偶然は、百分の一秒ほどの狂いがあっても叶うものではない。まさに奇跡と呼ぶ他はない。

わしは、気を失う直前、日の光の衝撃を目に受け、その反動によってリヤカーの取っ手を持ったまま仰(の)け反(ぞ)った。

車輪は、下方の鉄枠にはまり、おのれの体は、取っ手と鉄枠の間に挟まって宙を浮いていたというわけだ。

正気に戻ると、慌てて、鉄枠に足を掛け、せり出た廃棄口までよじ登り、安堵の胸を撫で下ろして眼下を見下ろした。その時だった。

腐ったゴミの塊の中から大きな蛆虫が、こちらを見上げて笑ったような気がした。そ奴は、憂いを帯びた眼差しを残し、ゴミの奥深く消えていった。

茫然と立ち竦むばかりのわしであったが、ふと、体中の細胞が一気に煮え滾(たぎ)る心地がして、妙な力を授かったような気分に襲われていた。