間抜けな話、今になって、ふと僕は、重要だけど極めて当たり前のことに気づいたんだ。

彼女は誰にチョコレートを渡すのだろうか。想像するだけで、だんだん苦しくなってきた。自分用? それとも父親に? それだったら安心だけれど、多分違う。自分用や父親のためのものなら、そのことをみんなに披露しているはずだし、君はどう思うか知らないけど、僕は必死に女子たちの会話に耳をそばだてたんだ。

「瀬菜は、誰に渡すの?」舞さんが突然、瀬菜さんに尋ねた。僕の心臓は一瞬、凍りついた。

「内緒! 美久は?」瀬菜さんは、はぐらかすように美久さんに聞き返した。

「今年も、お父さんに」美久さんもいなした。

「嘘だね、本当のこと言いなさい」舞さんが、口を尖らして久美さんを追及していた。

たわいもない女子たちの会話だけど、僕はチョコレートに砂糖を混ぜながら、魔女語の解読に全集中した。なにしろ、瀬菜さんがトイレに行った時に、二人が瀬菜さんの話を始めたんだ。

「瀬菜さ、岡崎に渡すんじゃない?」舞さんが繰り出した。舞さんはなんにでも興味があるみたいだ。

「えー、岡崎って、学祭のステージでボーカルやってた奴じゃん。瀬菜、知り合いなのかな。イケメンだよね」

「結構話しかけてたよ」

「はー、本人に尋問してみっか」美久さんはニヤついていたけど、結局、本人への尋問はなく、岡崎何某の名前は、謎のまま僕の心に重く残ったんだ。

僕は苦しかった。瀬菜さんは、岡崎何某に愛を伝えるためにチョコを作っているのだろうか。しかも僕がその手助けをしている。なんというジレンマ。こんなとき、君だったらどうするの?

だけどさ。彼女が自分で好きな人を選ぶんだ。僕にはどうしようもない。岡崎ってどんな男だろうか。それとも岡崎何某とかじゃないかもしれない。違う男かも。考え始めると、僕はもう耐えられなくなってきた。