【前回の記事を読む】なぜか妻に対する罪悪感は感じない、それよりもこの後どうなるのかという不安が、恐怖に近い感情に変化して押し上げてくる

第3話 最高のスープ

店舗は1階から3階と最上階の2フロア。そのほかの階はオフィス仕様のようだ。1階店舗のエントランスの横にビルの入り口があり、セキュリティキーのある二重のガラス自動ドアを抜けると黒御影石張りのエレベーターホールがあった。

エレベーターの中は鏡とシャンパンゴールドのクロームパネルが金のモールで仕切られ、幾何学的な模様になっている。黒スーツの男に案内されるままゴージャスなエレベーターに乗り、7階で降りる。1Fと同じ黒御影石張りのフロアに出る。ダウンライトだけの暗い通路を抜け、先にある厚い扉を開くと大広間が現れた。

四方の壁は彫刻が施された黒檀(こくたん)で装飾され、窓はない。柱型に沿って紫檀(したん)材の家具が均等に並んでおり、その上には景徳鎮の磁器が飾られている。一面大理石の床で、フロアの中心にペルシャ絨毯(じゅうたん)が敷かれ、その上に大きな円卓があった。その対面の席で玲蓮が待っていた。

里見が言われるままに席に着くと、黒スーツの男は別室に消えた。

玲蓮が円卓を回すと、里見の前に4つの小さなカップとお冷やのタンブラーが回ってきた。各カップの下には赤、白、黒、グレーのコースターが敷かれていた。

「白と赤を飲んでみて。これが最高のスープ」

里見は最初に白のコースターの上にある白濁したスープの香りを嗅いだ、品の良い、だし昆布のような香り、それだけでなく野菜や果物のような香りが重なっている。里見はゆっくり口に含んだ。

一瞬、冷やし素麺のだしのように感じたが、味の奥行きが全く違う。クリアだが質の違う旨味が重層している。最初感じた旨味が甘味に変わってゆくように感じられた。意識して過去の記憶にある味を舌で探すと、無数の旨味が浮かび上がってくる。絶妙な塩味により秩序が保たれている。

「こんな深い味……」