双方酔いがまわり始めると、玲蓮は壁ぎわのソファに里見を誘い、サイドテーブルのマオタイを手酌した。給仕も消えて今や二人だけ。

これまでの人生の中で全くこんな経験のない里見は戸惑ったが、同時に不謹慎な期待が意識下で頭をもたげていた。

玲蓮とは今日が初対面だ。展示会で初めて名刺交換をした。だが食事を共にし、アルコールが入り二人きりで雑談を交わすうちに、いつの間にか、お互いにタメ口で会話するようになっていた。

普段このような経験がない里見は高揚していたが、理性をフル回転させ、企業の上級管理職として紳士然と平静を装った。

アルコールの回った頭脳が、ここは自分を大きく見せるべきであると計算する。ゆったりソファの座に背を預け、口元を引き締めて笑みを返す。

社内での評判通り、品行方正かつ円満な家庭を持つ優秀な上級技術管理職であることに変わりはない。

威厳を表すことは、かえって隣の女の気を引くのではとの打算が働くが、本当は冒険をする勇気もなく、少し揺れている。

「ね、質問に答えてよ。あなたにとっては何?」

「何って?」

「あなたの知る最高の料理を聞いているのよ」

玲蓮が露わになった白い膝をすり寄せ里見を問い詰める。里見は内心高揚したが、ポーカーフェイスを装い、いなすように答えた。

「最高? 蒸留酒かな」

マオタイを口に含みながら里見は、はぐらかすように適当に答える。

「はぁ? なぜ?」

「スピリッツはピュアだから。」

「お酒は料理じゃないわ。でも、考え方は近いかもね。で料理では?」

「今日は飲みすぎました」

小心なのに、どこか今後の展開を期待して、里見は予防線を張ることにした。しかし妻子ある男性としての一般的なモラルは、酔いもあり著しく低下していた。

「答えてよ」

「質問が難しいね、自分が好きなものとか、死ぬ前に食べたい1品とかならわかるけど、それは個人差があるだろ。さっきいただいた中華料理は最高だよ、鰭鱶(ふかひれ)、豚の皮、燕(つばめ)の巣……」