【前回の記事を読む】別れを言わず、特攻に向かう友を見送る。乗ったら最後、待っているのは〝死〟のみである。―本当にこれが、正しいことなのだろうか?
第三章 別れと出会い
二〇二三年
「ミャーミャー」と鳴く猫の鳴き声で、目が覚めた。階段を下りると、ふくちゃんが子猫に餌を与えていた。
クレーンゲームで取れそうなほど小さく真っ白で、ぬいぐるみのような猫だ。
お椀の中に顔を入れ、もの凄い速さで舌を動かしている。
「その猫、どうしたの?」
子猫を愛おしそうに見つめているふくちゃんに聞いた。
「散歩してたら、この子の鳴き声が聞こえてきてね。公園のトイレの横で震えてたのよ」と眉をひそめた。
「それで、連れてきちゃったの?」
「だって可哀想でしょ。昨晩の雨で体中が泥だらけで、お腹をすかして助けを呼ぶように鳴くんだもの。つい昔の自分を思いだして、放っておけなかったのよ」
涙ぐむふくちゃんに僕は慌てて、「分かった、分かったから泣かないでよ。僕も猫好きだし、一緒に面倒みるよ」と宥めた。
あっと言う間に空になったお椀を手に猫を抱き上げると、ふくちゃんは嬉しそうに居間に入った。僕もその後に続く。
「ふくちゃん、昔の自分を思いだしたって、どういうこと?」
ふと疑問に思ったことを問いかけた。ふくちゃんは今年八十五歳だ。子供の頃に戦争を体験しているはずだが、今まで一度も当時の話をしたことがない。
僕は昨晩の夢を思いだし、ふくちゃんに戦時中の話を聞いてみたくなった。ふくちゃんは、お茶を入れた湯呑みを僕の前に置くと、大きく息を吐いた。
眉間に皺を寄せ、目を閉じ、昔の記憶を辿るように、ゆっくりと語りだした。