ふくちゃんは寒そうに身震いすると、両手で湯呑みを包み込み熱いお茶を啜る。沈黙をおいて、ふくちゃんは重い口を開く。
「一九四五年の三月十日、土曜日の午前零時過ぎだった。母に起こされて、すぐに飛び起きて防空壕に逃げ込んだの。入った途端に地響きがして、そこで空襲警報が鳴るのと同時に、大雨に雹(ひょう)が混ざりあっているようなザザザザザって音がしたかと思うと、バーンバーンと大きな音と子供や大人たちの大勢の悲鳴が聞こえて、震える手で耳を押さえた」
ふくちゃんは再現するかのように、目を瞑り耳を押さえた。
「でもすぐに外の様子を窺っていた母が弟を背負うと、わたしの手を引いて防空壕を出て国民学校に向かって走りだした」
「国民学校?」
「そう、避難場所が国民学校だったから、防空壕で蒸し焼きになるよりは移動したほうがいいと思ったのね。学校への道のりは、地獄のようだった。
雹のように落ちてくる火の玉で家が燃えていて、燃えた何かの破片が強い風に煽られて、飛んで襲ってくる。火がついたまま逃げまどう人たちもいた。
家や人だけでなく、空までも真っ赤な炎で燃え尽きて、この世の全てが消えてなくなるかと思った。とても現実に起こっていることとは思えなかった」
僕は、胸を内側から掴まれるような息苦しさを感じた。
「学校に避難できたの?」
胸を押さえながら、ふくちゃんに問いかけると、ふくちゃんは首を振った。
「校門の前で、扉を開けろーって叫ぶたくさんの人たちが見えて、母は入れないと思ったのね。わたしの背中を押して、『走れー!』って叫んだの。わたしは背中を押された方向に無我夢中で走って走って、息が苦しくなって転んでしまった。
そしてそのまま気を失ってしまったの。気づいたら目の前が真っ暗で、焦げた材木の山が目の前にあった。でも、よく見たら、それは黒焦げの……死体の山だったの」
僕は、あまりのむごさに言葉を失った。
その気持ちを汲み取るかのように、ふくちゃんは僕を見つめながら口を開く。
次回更新は6月21日(土)、21時の予定です。
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