「遊ぶって、何……」
「楽しいこと。絶対に満足させてあげるわ」
瞬時にして男の声が、淫靡なぬめりのある声色に変わり、恭平は身を固くする。
「お兄さん、いい身体しているわね」
左手で二の腕を掴まれ、右手を胸の辺りに手を当てられた恭平は、風呂場でナメクジを踏んづけたような気分になった。
「あっ、俺、いいよ」
踵を返し去ろうとしたが、案外に力強い握力で掴まれた腕が離れない。
「すみません。放してください」
急に低姿勢になって、理由もなく懇願する恭平を男が笑う。笑われたことで、恭平の中に小さな憤りが生まれる。小さな憤りは一気に膨らみ、膨らんだ憤りは身体中に力を横溢 (おういつ)させ、正面から男に対峙させる。
「何よ、怖い顔しちゃってさ」
笑って呟きながら、男の顔が近づいてくる。生温かい吐息が頬に当たる。男の笑いが大きくなる。下卑た笑いだ。その顔の中心に、思い切り唾を吐きつける。
男の顔に動揺の色が浮かび、掴んだ腕が離れる。
「手前、馬鹿にするんじゃねぇよ!」
叫ぶ男の顎に、頭突きを喰らわせる。よろめく男を目の端に捉えながら、恭平は駆け出した。
その背中を罵声が追い掛ける。
「覚えてろよ、イモ野郎!」
紀伊國屋の裏を走り抜け、右に曲がったトップスの前まで来て、肩を大きく上下させながら恭平は立ち止まった。立ち止まって目を瞑り溜め息を吐き、再び目を開けたら、歌舞伎町のネオンが水に浮かんで揺れていた。