教員六年目の春、藤山修司(ふじやましゅうじ)は同じ市内のカルガモ小学校に異動した。
カルガモ小学校では、五・六年生は、クラス替(が)えがなく、担任も代わらない、と聞いていた。ところが五年一組の担任が都合により退職。修司が新六年一組を引きつぐことになった。
始業式までに準備をしなければいけないことが、山のようにあった。
アルバムを見て、修司は驚(おどろ)いた。ひょうたん池公園の広場で消えた、あの女性がいた。担任、青山みどり。それだけじゃなかった。あの老人といっしょに消えた少女もいた。見かけたのは三年前。もちろんずいぶん成長している。が、すぐわかった。名前は星野波奈。
またたくまに、始業式を迎(むか)えた。教職員の紹介と担任発表があった。歓声(かんせい)やどよめきが聞こえた。六年一組の担任発表では、修司は「えっ!」という驚(おどろ)きと沈黙(ちんもく)で迎(むか)えられた。
これはしょうがない。青山みどりになじんだクラスだったのだろうから。ここは教員歴六年目の経験と、持ち前の大きな体と包容力で乗りきるしかない。初日から誠意とユーモアと熱意を持って子どもたちに接した。こうして子どもたちからも好かれ、受け入れられた。四月に開かれた最初の保護者会も無事終えた。
四月の最終金曜日に離任式(りにんしき)が行われた。人事異動(じんじいどう)でカルガモ小学校を去った教職員が、子どもたちに別れを告げる日だ。修司は青山みどりに会えることを楽しみにしていた。あの不思議な光景についての手がかりを、つかむことができるかもしれない。
離任式(りにんしき)がスタートした。吹奏楽(すいそうがく)クラブの子どもたちの演奏が始まると、校長の案内で、異動した教職員が、体育館に入場してきた。修司はぼうぜんとした。青山みどりの姿がなかったのだ。
式の終了後(しゅうりょうご)、修司が教室に入っても、静かなざわめきが消えなかった。一人の子どもが手をあげた。
「先生! どうして青山先生は来なかったんですか?」
別の子どもからも聞かれた。
「青山先生はどこに行ったんですか?」
修司は答えられなかった。
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