その時である。
「おなごじゃ、おなごじゃ!」「大坂方の脱走者か!」「金子(きんす)をたんまり隠し持っているはずだ。着物を剥ぎ取れ!」
獣のように目を血走らせた雑兵どもが、一心不乱に襲い掛かってきた。いわゆる「乱妨取(らんぼうど)り」である。
(もはやこれまで。かくも辱めを受けて果てるとは、生涯の不覚。口惜(くちお)しや……)
手足をつかまれ、身動きが取れなくなった阿古は、ついに死を覚悟し、舌を噛み切ろうとした、その時……。
「待てい!」
目の前に突然現れた、騎上の老将。雑兵どもの手は止まり、馬を降りたその老将が話しかけてきた。
「そなた、名は何と申されるか」
「佐竹親直が妻・阿古にございます」
「阿古……阿古様! あの長宗我部公のご息女の!」
「はい……」
「これはこれは、大変ご無礼を仕った。それがし、伊達家中・片倉小十郎が命により、阿古様を迎えに参った。伊藤肥後信氏でござる」
「……」
「ご安心召されよ。片倉様は、長宗我部様より書状を承っておる。我が妹と幼子らの命を助けられたし、と」
「わたくしは、ただ兄から『釣鐘の馬印を目指せ』とだけ……」
「あれでござるか、釣鐘の馬印。あれこそは片倉小十郎の馬印でござる」