第一章 生い立ちの記

二 あきらめ

まだ小学生でありながらも、心の中では人間の愚かなことや、大きな宇宙に比べ小さな小さな存在であることを、感じていたのでしょうか。伯母に勧められ、父と一緒に母の病気が治りますようにと一生懸命に祈りました。

後二カ月しかいのちはないと言われ寝たきりだったのに、夏には床上げできて、何年ぶりかにお風呂にも入れてサッパリして、秋には、私と弟のセーターを編んでくれたのです。そのセーターの色模様は今でも忘れません。しっかり目の奥に焼き付いています。

翌年のお正月には、父が作った心づくしのお祝い膳を囲み、家族四人で歓んで楽しく食べることができるようになったのです。その母は、春三月、風邪をひいて、それがもとでまた寝込んでしまったのです。流行性感冒にかかり、肺炎に……二カ月後、最期の時を迎えたのでした。

「正法」を導くお役目の御住職様は、「人には寿命というものがあり、定業といのちが決められている人、また不定業といっていつ死ぬか決まっていない人もいます。不定業ならば、きっと治り生きられるでしょう。定業であれば、苦しむこともなく楽にいのちを終え、来世にまた御本尊様にお会いできるでしょう。しっかり御本尊様を拝み、願ってご覧なさい」と、母と父に話されました。

母は「ここまで生かせていただき、一時でも楽しい時間を過ごせ、苦しまないで死を迎えられる」とお聞きして安堵し、父も母も一生懸命祈りました。