「宗佐殿は武家の出であるのに、何ゆえ寺に住まっておられるのか?」

三曲ほど吹き終えた後に供された一服の茶を味わっている間、どこかあどけなさの残る声で姫が尋ねました。宗佐が自分の出生から今日に至るまでのおおよその経緯を語ると、姫は心から気の毒がる様子でした。

「まことに無念なことでした。疫病(えやみ)にさえ遭わなくば、宗佐殿は定めし今頃は雄々しい若武者になられていたでしょうなあ」

「私の身上を気の毒に思うてくださる方もおられますが、しかし得手の技で世過ぎができるは果報かとも存じます。

天より与えられた定めに抗うことなく、それを甘んじて受け入れることから開ける道もあるのだという和尚様の教えが、今日(こんにち)まで私を導いたのでございます」

出会って間もない相手に宗佐が素直な心のうちを打ち明けるのは、あまり例のないことでした。

それから宗佐は姫に求められるまま幾つかの調べを吹き、その合間に親しく語らい、時が経つのも忘れそうになるほどでしたが、不思議なことは、昨晩と同様、夜明けにございます、という侍者の耳打ちとともに、この出会いがあわただしく打ち切られてしまうことでした。

「明晩もまた、いらしてくださるか?」語尾をわずかに上げて尋ねる姫の言葉には、昨夜にはなかった、かすかな親しみがこもっていました。

私でよろしければと姫の頼みを受け入れる宗佐の心からは、もはや前日のような戸惑いや疑いは消え失せていました。

四 眼差し

三日目の晩、宗佐はもう懐に笛を差し挟み、草履を履いて縁側に腰かけ、侍女の来訪を待ち受けるような心持ちになっていました。

あのような大きな屋敷が近所にあったかという疑いも、その頃には念頭からすっかり消え去っていました。

招き入れられたのは前日と同じ居室らしく、そこにいるのはやはり姫だけのようでした。

この夜の語らいで、二人の心の縁(えにし)は、いよいよ確かなものになって行きました。

古来の高名な歌や物語に一通り通じている姫と、武芸だけでなく風流の方面にもたしなみのある宗佐とは語りも弾み、時折小さな笑い声も起こり、ともすれば宗佐は姫との身分の違いを忘れてしまいそうになるのでした。

姫の求めに応じて宗佐が得意の調べを吹き、うっとりとした口ぶりで姫がその感慨を語る折りには、自分と姫とは前世では兄妹でもあったかと疑うほど、心の符合を感じるのでした。

 

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