桜舞い散る2025年4月、株式会社幻冬舎本社ビルにて、特別企画「作家と編集者が語り尽くすスペシャル対談」が開催されました。
今回のゲストは、厳冬期の剱岳を舞台に描かれた渾身の山岳小説『小窓の王』が話題を呼んでいる原岳(はらがく)さん。現役の山岳ガイドとして活躍する原さんは、サラリーマンとして働き、作家業にも尽力する多彩な顔を持つ異色の人物です。
谷川岳のルート開拓の経験もあり、本格的な山登りに取り組んできた原さんに、編集担当だった山好きなMがインタビューを行い、山登りや執筆に関する貴重な体験談を伺いました。その模様を【前編】【後編】とに分けてお届けします。
まずは、今回出版された作品を簡単にご紹介します。
◆『小窓の王』

【前編】では、山岳小説を書くにあたり、アイディアや苦労した点など執筆にまつわるお話をお届けします。それでは、お楽しみください。
「山岳ガイド×サラリーマン×作家」と三足の草鞋への歩み
――小説家の原岳さんに来ていただいております。本日はよろしくお願いいたします。
よろしくお願いいたします。
――『小窓の王』を書くきっかけは何だったのでしょうか。
そうですね、実際に厳冬期に小窓尾根を登った経験が大きいです。学生時代に「山を登りながら小説を書いて食べていこう」と決めていましたが、家庭の事情でサラリーマンになりました。それでも夢を諦めずに、小説を書き続けていました。
本格的に山を始めて3年目の厳冬期に小窓尾根に登る機会があり、その体験からインスピレーションを受けて書き始めました。最初に原稿を書いたのは25年程前のことです。
――では、『小窓の王』は約25年前に書かれたということですね。
はい、34歳頃に一気に書き上げました。当時アメリカの大学院に留学していて、長い休みを利用して書いたものを、今回の出版にあたり改めて書き直しました。
――着想は、どのように得られたのでしょうか。
私自身長年山登りをしてきて、様々な遭難事故に関わりました。その中には全員亡くなってしまう事故もあり、遺体捜索に関わることもありました。それらの経験から、山の事故の「悲惨さ」を痛感し、山の事故を色々な角度から切り取り、読者に伝えたいという強い想いからですね。
――剱岳の小窓尾根を舞台にしたのはなぜですか。
私にとって「剱岳」は特別な山であり、とても好きな山岳エリアです。夏場は一般登山道となっているルートでさえ、厳冬期には高難度ルートに変化してしまうため、アルパインクライマーの大きな目標となるエリアでもあります。同じようなエリアとして、穂高など他の舞台も考えましたが、最終的に剱岳に決めました。
――物語の構想で最も苦労した点を教えてください。
それは「テクニカルターム」の使用についてです。専門用語を多用してしまうと、山をやっている人にしか伝わらず、読者を狭めてしまう恐れがあると思いました。そのため一般の読者にも伝わるよう、わかりやすい表現にするために何度も推敲を重ねました。編集者のMさんにも協力していただきながら、いかに嚙み砕いた表現にするかで非常に悩みました。
――小説を書くにあたり、影響を受けた作品や作家の方はいますか。
小説の勉強のためにと多くの作品を読みました。その中で、やはり夏目漱石や川端康成といった巨匠系の方の文章は散文の中でもより客観性が高いと感じるので好きです。お手本にしたいと思っています。
――山岳小説で影響を受けた作家の方はいますか。
夢枕獏さんの『神々の山嶺』には影響を受けました。あと、実際に山を登って小説を書かれていた新田次郎さんの作品は昔から愛読しています。
