「今日はもう寝るよ」

「うん」

「本当、疲れた」

「わかったよ、おやすみ孝太。私はしばらく飲んでるから」

孝太はうなだれて、ベッドに向かっていった。

智子は冷やした自家製シードルのボトルを冷蔵庫から取り出すと、発泡した琥珀(こはく)色の液体をグラスに注いだ。自家製シードル。飛行船の温室に実る林檎は小ぶりだが香りは強く、発泡してできた炭酸も強かったが、味だけがいまいちだった。

最近、蜂蜜を足してから味が格段に良くなった。アルコール度数はどのくらいあるのだろうか。そもそも、これは酒なのだろうか?

「酒税法に違反かな、でも公海上だったら治外法権かな」

智子は一人考えた。

普段フライトの初日には孝太は決まって体を求めてくる。今日はそれがなかった。理由はなんとなくわかったが、智子はそれを絶対に肯定したくなかった。

「でもそれは今日に限っては好都合」

智子は自分にそう言いきかせた。

「アルコールが勇気をくれるね」

智子はそう呟くと、グラスを持ったままドアのないベッドルームを覗き見た。孝太はもうぐっすりと眠り込んでいた。太陽の光は今や残滓(ざんし)さえなく、窓の外は暗闇。ベッドルームの間接照明が室内にかすかな光を投げている。照度は落ちてはいたが、孝太の寝顔を照らしていた。顔を横に向けて、かすかに口を開けたたま疲れた少年のように眠り込んでいる。

智子の内に孝太の肌に触れて、キスをしたいという衝動が込み上げてきた。心の内に込み上げてくる愛おしさを強引に理性で抑制しキスを我慢した。

「絶対、誰にも渡さない」

智子は意を決した。

 

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