孝太が戻ってきた。衣服をドラム洗濯機に放り込むと、シャワーを浴びてベッドに向かっていった。すぐにシャワーを浴びるなんて珍しい。が、智子には問いただす勇気はなかった。もし孝太が何か告白でもし始めたら―そう想像するととても耐えられない。

孝太が実直で、本当に素直なことを智子は知っている。不安が増幅していく。智子は、次々と浮かぶ自分の妄想を必死に否定し続けた。妄想かもしれない確証のない想像が毒のような嫉妬を呼び起こす。

「どのみち、もう離陸するの」

智子は自分に言い聞かせた。ドラム洗濯機のハッチのガラス窓を見ると、セーターが見えた。

「セーター一緒に洗っちゃダメでしょうが」

智子は独り言を言い、ハッチを開けた。その瞬間、微かにファンデーションの香りがした。

ドラム洗濯機に充満した香りは、女の匂い? もう一度大きく空気を鼻から吸って確かめるが、もうわからなかった。私の妄想?

記憶された小さな出来事の断片が悪いほうへ悪いほうへとつながっていく。

飛行船は地平に沈みかけた太陽を追うように上昇を続けた。

孝太は操縦席に座り、名残惜しむように飛行場や街並みを眺めていた。高度6000メートルに達したところで上昇が止まった。太陽はすでに水平線に沈み、大気はスミレ色に染まっていた。飛行船は自動操舵により安定した航路をとる。

今日は街からデリバリーしておいた、お弁当が夕食だった。フライトの初日はいつもそうしていた。食事を作っている気力がないからだ。取り寄せていた缶ビールを開け二人で乾杯して、弁当をつついて夕食を終わらせた。