今夜か明日の夜か、犯人は必ず高橋漣を狙ってくる。そう思うと、海智はなかなか寝付けずにいた。梨杏の病室には金清が泊まり込んでいる。もし梨杏が犯人なら彼が何とかしてくれるはずだ。そう思うと少しは気が紛れたが、それでもなかなか眠気は襲ってこない。

ようやくうとうとし始めた時だった。遠くから「ああっ!」という男の凄惨な叫び声が聞こえ、驚いて海智は目を覚ました。金清の声に間違いない。慌てて起き上がろうとしたが、手足に全く力が入らないのに気付いた。全身に冷汗を掻きながら、必死にもがこうとしたが手足どころか体を捩らせることすらできなかった。

その時だった。何者かが廊下をゆっくりと歩く足音がこちらに近づいてくるのが聞こえた。靴音ではない。ずりっずりっという布が擦れるような恐ろしい足音だ。その足音は海智の病室のドアの前で急に止まった。彼は焦って何とか体を起こそうと必死になったが、冷汗が噴き出すばかりで無駄だった。

ドアが開く音がした。海智は入り口の方を見ようとしたが、首を回すことすらできなかった。再び足音が聞こえ、それはゆっくりと彼の方へ近づいてきた。彼の心臓は早鐘を打ち鳴らし、呼吸はマラソンでもしているかの如く早く狭くなっていった。

次の瞬間、暗い病室の中、海智の足元の方に包帯で包まれた少女の頭部と上半身が目に入った。目を見開いて恐怖に慄く海智を横目に彼女はおもむろにベッドの右脇を進み、枕元で立ち止まると彼の顔を見下ろした。包帯の隙間から覗く焼け爛れた皮膚に開いた瞼裂から恨みと憎しみに満ちた二つの眼球が彼を凝視した。

(すまない、すまない、許してくれ!)と叫ぼうとしても声にならない。少女はやにわに海智の首元に両手を伸ばすと恐ろしい力で締め上げた。彼は苦悶の表情でのたうち回った。

「悪いのは俺じゃない!」

やっと声が出たと思ったら彼はそう叫んでいた。既にベッドの上に起き上がっていた。全身が汗でびっしょりだった。少女の姿は消え失せていた。