腰がぬけちゃうわよ

イタリアさん、二年ほど前までは「私は足が二本あるのよ。しかも健脚だわ!」と言っていた。

スタッフが少しでも歩かせようと車椅子からテーブルまでのわずか二、三メートルの距離を両腕を支えて「イッチニ、イッチニ」とかけ声をかけると「まるでこれじゃあ、子どもじゃないの」と不満気だった。車椅子から椅子に移る時も両腕でテーブルについて支えることもできず、スタッフは足をひろげ、ふんばって移動させていた。

それでも自分が歩けないという事実は受け入れられない様子だった。 それが、今日の彼女は言うことが変わってきた。

「こんにちは、久しぶりね(そんなことはない。私たちは日に三回、ダイニングであっているし、彼女が寝入ってない限り私は必ず話しかけてきている)。あなたはやることがいっぱいあるんでしょ」

「そうね、勉強もしているし、友だちと話すこともあるし」

「いいわね。私は何をしていいかわからないの。それに子どもは苦手よ、駆け回るから」

「そうね。私も子どもの相手はとてもできないと思うわ。でもメイ子さんはダンスをやっていたでしょ」

「年とってきたからダメよ。ダンスなんてしたら腰がぬけちゃうわ」

そう言いながらも彼女、両手を高くあげ、左右にゆらゆら動かした。それは明らかにダンスのポーズなのだろう。

「年とってきたら何をしたらいいかわからないわ」

二年ほど前の、二本の足があるわ。それも健脚よと言っていたのとは違い、自分の体力のなさを自覚したのだろうか。現実を認識できるのがいいのか、私の頭はちょっと混乱した。

さみしい思いが残ったイタリアさんとの会話であった。

 

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