「ああ、多少腹は立ちましたが、商売上のことですから。もし値段交渉が成立しなければ取引は止めることに決めていましたので。そもそも、カズコブランドの服は高いため、ほとんど売れませんでしたからね。こちらとしては清々しましたよ」
田代は腹を立てたことを認めた。まだ怨恨の線は残っている。しかし、ここでこれ以上追及しても無駄だろう。それにしても、もしホンボシだとしたら田代はたいした役者だと、宇佐見はこの時またしても思った。
「分かりました。ところで、これも皆さんにお聞きしているんですが、一月六日から七日、少し前のことになりますが、どこにいらっしゃったか覚えておられますか?」
「アリバイですか。やっぱり、私は疑われているんですね? ったく」
「いやいや、少しでも関係のあった方、全員にお聞きすることになっていますんで」
「どうでもいいですけど、見当違いも甚だしいですよ。訊かれるだろうと思ってその日のことも思い出しておきました。六日は、仲間うちの新年会があって横浜に行きました。横浜中華街の随苑飯店という店です」
「そうですか。時間は何時頃ですか?」
「夕方六時から十時までの会だったので、始まる直前には店に行っていました。店に聞いてもらえば分かります」
六日の夜、時間までははっきりしないが、遅い時間に中華街の近くで田代を見たという証言に一致していた。
次回更新は5月21日(水)、22時の予定です。
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