ミラノのポンテッジ
ボリスはパソコンを二台持ち込んでいて、日中はアンナ先生の家の北向きの森に面した客用の部屋でパソコンをいじってばかり、彼なりに忙しそうだった。彼は一体いつまでアンナ先生の家に居座る気なのか?
それでもアンナ先生はボリスには寛大で、「下手な音楽家より余程ましだ」と言った。先生が面倒をみた若い音楽家の中には非常識で無作法なお話にならない人たちがいたと言うのだ。
「ある若いバイオリニストをうちに泊めた時のことよ。テーブルの上に砂糖壺があったんだけれど、蓋が少しゆるかったのよ。彼ときたらその銀製の蓋のつまみをもって持ち上げて、砂糖を床にぶちまけたの。
それだけじゃないわ。シャワーのヘッドを壊したのよ。タクシーを呼んで、グラツィエーラに部品を買いに行ってもらわなけりゃならなかったわ。この町にはDIYの店はなかったんでね」先生は首を振って続ける。
「私はロシア人にはいい印象しかないわ。私がペテログラードでリュドミラを歌った時はまだあの町はレニングラードと呼ばれていた。でもホテルのサービスは最低だったわ。
仕方なく劇場の演出家の家に滞在させてもらったけれど、とても親切にしてもらったわ。楽しい思い出になっている。
私が知っている人々の中で一番誠実なのはロシア人よ。プーチンの起こした戦争のせいでロシア人の印象が悪くなってしまって残念だわ。それにロシアの若者はきれいね。男も女もうっとりしてしまうほど……それが三十歳を超すと肥ってだめになる」
一度アンナ先生とボリスが政治の話をしているのを聞いた。
ボリスは「自分は平和主義者で、ロシアのウクライナ侵攻に反対だ」と言った。でも彼の祖父母の見解は全く違う。彼らはプーチンをロシアの救世主として信じて疑わない。
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