【前回記事を読む】ここはイタリアだ。細かいことに文句をつけたり、自分と関わりのないことを詮索するのは馬鹿げている
第一章
ミラノのポンテッジ
「大抵の四十五歳以上のロシア人にとってプーチンは救世主だ。僕の祖父母はもうすぐ八十に手の届く世代だが、彼らは人生で一度だって豊かさを味わったことがない。
彼らが若かった一九六〇~八〇年代は共産主義の統制経済下でコルホーズの労働者だった。給料は出たが彼らのやり方は国民を辛うじて飢え死にさせないといったものだった。農民は働いても働かなくても給料は一緒だったので仕事を怠ける者がいて生産性は上がらなかった。
ソ連式共産主義の失敗の原因は、人々の欲望を経済に組み込むことに失敗したからだ。一般市民は食べ物を得るために長蛇の列を作り、郊外の家庭菜園(ダッチャ)で作物を作るしかなかった。
そこへベルリンの壁崩壊と共産主義の終結だ。ソ連の貨幣経済は崩壊し、人々は原始的な物々交換のその日暮らしを強いられた。あの飲んだくれのエリツィン時代のことだ。祖父母は自分の庭の畑の野菜を市場に売りに行って、何とかギリギリ生き延びたんだ」
「ああ、私もその時のことは覚えているわ。ロシアでオペラやコンサートが出来なくなった時代だったわね」
残念ながら今の西側の芸術家もモスクワやペテログラードでコンサートは出来ない――歴史はしばしば繰り返される。
「祖父母はその時代を忘れていない。
ひどい時代だった……役人も、大学教授も、医者も、技術者も皆田舎に持っている“ダッチャ”でジャガイモや玉ネギ作りに精を出した。そうしなきゃ飢え死にしてしまう時代だった。スターリン時代の飢え死にの恐怖を忘れていない彼らに取って、それは命を脅かす恐怖の再来だった。それを忘れていないから祖父母はプーチンの熱烈な支持者なんだ」
「それでご家族とあなたは仲良くやれているの?」
「僕がプーチンは暗殺者だと言ったら祖父母は『家から出て行け』と言ったよ。それ以来祖父母とは会っていないし口もきいていない」
どうやらロシアでも世代間の断絶は深刻らしい。