【前回の記事を読む】お父さんがなくなった日... 私がいれば事故に合わなかった。あの日、夢に一歩近づく父を拒絶してしまった―。  

長瀬 律

僕は家にある使えそうな物を物色して、彼女のアパートに運び込んだ。僕の部屋の冷蔵庫を提供したし、引き出物にもらったお鍋やタオルも押し入れから拝借した。

使ってないテレビも持ち込んだが、真ん中に白い点しか映らなかった。今の時代の液晶テレビと違いブラウン管のテレビだ。

工学部の友達から真空管を譲り受け、図書館から借りてきた本と、メーカーから取り寄せた取扱説明書を頼りに、丸一日奮闘してテレビの機能を復活させた。

「うわぁ、すごい。ほぉんとに映った。律くん尊敬」

沙耶伽が見せてくれる笑顔がうれしかった。

室内アンテナだったので映りの良くない放送局もあったが、それでも彼女は弾けるように喜んでくれた。

「はい、ごほうび」

缶ビールのプルタブを外して僕に差し出してくれた。

僕たちがつき合い始めて、初めての冬が訪れる。冬はイベントが盛り沢山だ。クリスマスがあり、大晦日があり、新年を迎える。それから沙耶伽の誕生日があって、僕の誕生日がある。

彼女の誕生日が一月二十九日で僕は二月三日だ。彼女は毎年五日間だけ僕よりお姉さんになる。彼女は日記を付けていた。毎晩寝る前に、鍵の付いた赤い革の日記帳を本箱から取り出し、その日あったことを数行書き加えていた。

僕が覗き込むと、「駄目! マナー違反」、そう言ってふくれた顔を向けた。

「今日は何の記念日?」

僕は彼女を抱くとき、何らかの記念日を作った。

初めてオセロで負けた記念日。初めて二人でワインを飲んだ記念日。たわいもない理由で彼女と肌を合わせる口実をつくった。

この日、ラジオからは、『イマジン』が繰り返し流れていた。

「今日は記念日じゃない。追悼だよ」

一九八〇年十二月八日。ダコタハウスの前でジョン・レノンが銃で撃たれ死亡した。

布団の中でじゃれあっていた沙耶伽が毛布に包まり、窓の外を見た。

「律くん。雪だ!」

大きな結晶がしんしんと暗い空から舞い降りていた。

「明日は雪景色だね」そういう僕に、「ねぇ。外に出よう」と、沙耶伽が驚くことを言い出す。

「えっ? 今の時間わかってる? 丑三つ時だよ」

「いいから、はやく」

ジーンズに足を通しながら僕を促す。

草木も眠る八事の裏通りで、僕たちはまだ誰も踏み入れていない真っ白な雪のキャンバスに足跡をつけてはしゃぎまわった。

「わたし雪が大好き。嫌な思いをぜんぶ忘れさせてくれるから。雪は亡くなった人の魂の結晶なんだよ。先に逝った人が地上に遺(のこ)された人たちのことを思う魂の欠片(かけら)なの。小樽にはそんな優しい雪がいっぱい降るんだよ」