【前回記事を読む】機体の計器はショートし、針が回転している。調査隊が向かう先と雷雲の進路が一致していた。その時、あるものが機体を貫いた…
1章 不思議な木箱
空中分解したその破片はヒラヒラと力なく海面に向かった。刹那、ゴーと背後から爆音が轟いた。
─何もできなかった。
乗組員が強風と豪雨に対して神経を集中していた矢先の出来事だった。何事が生じたのかを考えることなく、全員が落ちていった。
木箱も同様だった。どこまでも続く海面の波は高く、先端は白く砕け散っていた。荒ぶる海は、ただ寒々しく黒く見えた。
─朝焼けに染まる雲が牡鹿半島の東側に薄く広がっている。
短パンとTシャツ姿の男が、藁ぞうりをはき、波打際の砂地をゆっくりと歩いていた。毎朝の日課としている散歩の時間だ。
「大地もシャワーを浴びて気持ちがいいに違いない」
中御門(なかみかど)創一は、一枚の板が海に浮かんでいるのを見つけた。波の動きに合わせ陸地に近づいたり離れたりしながら、波の先端でピョンピョンと魚のように飛び跳ねている様を見ると、創一は引き寄せられるように足がその方向に向かった。
─木片を見たい。
見習い宮大工の本能と言ってもいい。その木片に呼び寄せられた。静かに打ち寄せる海水が弓なりに曲がっている無垢の砂地の上を歩いた。
朝日を受けた海は穏やかにどこまでも広がっていた。海水が膝のあたりを撫でている。手を伸ばすと、波乗りしていた板がヒョイと創一の手の平に収まった。
四角い板を脇に抱え、陸地に引き返すと砂の上に立て掛け、その横で創一は胡座になった。一瞬にして創一の背中に汗が滲んだ。板には鮮やかな赤色の竜が彫られていた。
切れ長の鋭い目と口から覗く鋭利な牙。身体を覆うウロコひとつひとつが生々しく、まるで生きているように描かれているその様に大きな衝撃を受けたのだった。
何かの拍子に今にもグッと飛び出してきそうなリアリティがあり、意志を持った生物に見えた。中御門創一の足はすくんでいた。
木を思いのままに加工し、そこに魂を入れ込む宮大工にとっても、驚愕の技法に見えた。喉がゴクリと鳴り、創一の膝は震えた。
このような精緻な表現ができるものなのか、という職業上の疑問よりも、ひとたび木の中の生物の機嫌を損ねた刹那、圧倒的な強い力で、命の果てまで追い詰められる、そんな気持ちになっていた。