【前回の記事を読む】やっぱり彼女をなくしたくない。彼女のマンション近くに佇み、帰りを待つ。……随分時間が過ぎ、諦めて帰ろうとしたその時!
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翌日の朝、妹の声で目がさめた。二日酔いかもしれないなと思いながら、リビングに行った。父母妹が揃っている。
「梨沙が『お兄ちゃんの話をみんなで聞きたい』と言うんでなあ」
知之は、どう切り出すか悩んでいたので、妹の心遣いがありがたかった。
「実は俺、病気なんだ。手術は危険でできないそうだ。脊髄というところに腫瘍ができている。良性なんだけど、腫瘍は大きくなる可能性が高い。大きくなる速度は、人それぞれだそうだ」知之は、静かに話した。
みんなの表情から、どれほど驚いているか、痛いほどわかった。
「知之、今はどんな具合なんだ?」
「両下肢に力が入らない、痺れもある、そのうち車椅子の生活になると思う」父は、両肩をふるわせて大粒の涙をこぼしている。父の涙を初めて見た知之の目にも涙が溢れた。母と妹も泣いている。
「知之、ここへ帰ってこい!」
「そうよ帰ってきて」
父母も妹も知之と一緒に暮らすことを強く望んだ。知之は、家族に真実を伝えることができた安堵の気持ちと、帰る場所がある心強さと安心から、いつになく晴れ晴れとした気分を味わっていた。
食卓には朝食の料理が並べられている。母と妹の合作らしい。銀シャリ、味噌汁、卵焼き、さわらのみそ焼き、鉢には葉物野菜のサラダ。
知之は久しぶりの美味しい朝食に、舌鼓を打った。朝食を終えて店に並べられている日本酒やワインを眺めていると、一人の客が入ってきた。
「あれ、あんたは? もしかして知之か?」
「おおそうだ知之だ、修か? 修だよな」二人は中学校の同窓会以来の、なんとかれこれ9年ぶりの再会であった。修は町役場で仕事をしているという。
「近頃、町は寂れていくばかりだあ、シャッターを下ろしてしまった店もある。空き家もちらほら出てきてなあ。町を活性化させたいけど名案が浮かばんのよ。困ったもんだ」修の話は、知之に衝撃を与えた。
「この町の住民以外の人の関心を引くイベントはどうなんだ、何かやってるんか」
「案はできてもそこから進まん」
「そうか。難しそうだな」
修は、1・8Lの純米大吟醸を一本購入した。