【前回の記事を読む】足利義満と世阿弥、18歳の征夷大将軍と13歳の能役者。身分も姿も対照的な二人…いつ迄もこの仲が続く訳が無い。
出会い(一三七四年)
「ちやほやされるのは若いうちだけ、いずれ飽きられるに違いない。戻る事の無いこの瞬間を懐かしく思い出す日が、いつか来るのだろう」
やがて池に映った二人の姿はさざ波に儚く消えた。
「今日は今暫く留まれ。ゆっくり話したい事がある」
部屋で軽い夕食を取った後、二人は日の暮れた夜の庭へ出た。月は未だ出ていないので、星が美しく輝いて見える。二人は池に渡した小さな太鼓橋の真ん中に並んで座った。
「わしはこうして星を眺めるのが好きなのじゃ。星を見ていると不思議な気持ちになって疑問がどんどん湧いて来る。どうして生まれて来たのか、わしは一体何者なのか。何の為に生きているのか。誰も教えてくれないからいつもこうして一人で考えておる」
「私もこの頃良く、どうしてこの世に生まれて来たのだろう、人はどうして死ぬのだろう、と考えていた所です」
「死んだらどうなると思う? そちは輪廻転生を信じるか? わしは良く、尊氏殿の生まれ変わりだと言われる。亡くなって丁度百日後に生まれたからな。でもわしには分からぬ。前世を覚えていたら良いのにと思うのじゃが」
「将軍としてお生まれになったからには、上様の前世は輝かしいものであったに違いありません。でも覚えていらっしゃら無いのはお知りになる必要が無いからではないでしょうか。前世をお忘れなら、忘れる意味があっての事。前世を詮索して今の人生の時間を無駄にするな、と父の観阿弥は常々言っております」
「成程、一理あるな。今の人生に集中せよという事か。しかし、この世に生まれた意味はどうじゃ、何だと思う?」
「それはまだ分かりませぬ。只、能を極めていく内に見つかるのではないかと。その為に日夜精進を重ねているつもりです」
「それならわしは、将軍として職務に励んでおればいずれ生まれて来た意味が分かるというのか。わしは今すぐ、知りたいのじゃ」
「何も今お知りになる必要は無いのではありませんか」