「管領の細川頼之も同じ事を言いおった。奴に、己の生きる意味を知っているかと問うたら、まだ知らないが別段気にしていないと答えおった。
あの年で未だ人生の意味を知らないとは、呆れたものじゃ。佐々木道誉は、死んだら絶対極楽に行きたい、と言っておったが、わしは所謂極楽だの地獄だのは信じない。生きて極楽に行った者はいないのだからな。阿弥陀来迎図から出て来る紐を握って死ねば極楽往生出来るなどとは馬鹿げた話だと思わないか。
あの、何でも知っている二条良基も、実は生きる意味は知らないとわしに白状しおった。死んだら消えて無くなるのではないかともな。わしは、そうは思わん。あいつは目に見えるものしか信じ無い俗物じゃ」
「目に見えるものしか信じない……私は目に見えるものの方が信じられ無い様な気が致します。目に見えるものよりもいっそ夢の方が確かな様な。『夢とこそ いふべかりけれ 世の中に うつつある物と 思ひけるかな』」
「それはわしも大好きな和歌じゃ! 確か紀貫之だったな」
「上様もお好きとは、嬉しゅう御座います。ところで、上様は夢をご覧になりますか。私は毎晩あまりに沢山の夢を見るので、朝になるといつも何が現で何が夢なのか分からなくなってしまう位なのですが」
「そうか、わしは最近滅多に夢を見ないぞ。事に依るとわしは聖人かもしれん。何しろ聖人夢を見ず、という諺がある位だからな。いや、そういえば去年迄は似た様な奇妙な夢を見ていたものじゃった。
夢の中でわしはいつも重病で床に伏しておる。そこへ必ず悲しそうな顔をした長い髪の女人がやって来て、袖でわしの額の汗を拭ってくれるのじゃ。それも涙を零(こぼ)しながら。それが同じ女人だという事は確かなのじゃが、不思議な事に髪の毛の色がいつも違う。黒、茶、紅、眩い金色だった事さえある!」
「金色の髪? それは又何と珍しい!」
世阿弥は突飛な夢の話に驚いて声を上げた。義満がこの奇妙な夢の話を打ち明けたのは世阿弥にだけだった。
一三七七年一月十二日、義満の正室日野業子は夫の立ち会いのもと、女児を出産したが、その赤子はすぐ死亡した。
祝いの品々を用意していた周囲の者は当惑し、義満がどれ程落胆するかと心配したが、当の本人は平静を保った。まだ若かった事もあり、その後彼に子が出来たのは四年後の事だった。
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