「誰かこの小刀を、義清に渡してください」

その時、義清は息が止まるかと思った。

御簾(みす)をはらりと掻(か)き上げて、美しい人が端近(はしぢか)に高欄(こうらん)に現れた。

「義清、そこの桜の枝を、この小刀で切ってください。

この庭の桜を籠(かご)に入れて、唐菓子(とうがし)のお礼に兄上様にお届けしましょう。

そうそう、その枝。一際(ひときわ)たわわに花を咲かせている、その枝がいいですね。

それをこの籠(かご)に入れて、兄上様にお届けしてください」

それだけ言うと、すぐに美しい人は再び御簾(みす)に隠れてしまった。

だが義清の心には、永遠にその面影(おもかげ)が深く刻まれた。

髪の生(は)え際(ぎわ)が霞(かす)んだように可愛らしい額、流れるように美しい鼻と形の良い口元。そして一度見たら忘れられそうにない、明るい笑みをいっぱいにたたえ優しく問いかけるようにじっとこちらを見る強いまなざし。こんな目をした女性を、義清は今まで見たことがなかった。

璋子(たまこ)が義清に姿を見せたのは、この時だけであった。

 

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