【前回の記事を読む】崇徳天皇の母・待賢門院璋子。母子といえども、たやすくは会えない。彼を見て、なかなか会えない帝を思い出していたのかもしれない
第一章 月の面影
折敷(おしき)をのぞき込んで、姫宮と皇子が歓声を上げた。八歳の統子(とうし)内親王(ないしんのう)(後の上西門院(じょうさいもんいん))と、七歳の四宮雅仁親王(しのみやまさひとしんのう)(後の後白河天皇(ごしらかわてんのう))である。統子(とうし)内親王(ないしんのう)は、さらさらした髪を揺(ゆ)らし、少し驚いたように大きな瞳で義清を振り返った。
賢待門院璋子(たいけんもんいんたまこ)の朗(ほが)らかな声が御簾(みす)から響(ひび)いた。
「唐菓子(とうがし)は、たくさんありますよ。皆で分けていただきましょうね。さ、皇子達や姫にこのお菓子を。それから皆もひとつずつ、お取りなさい。乙前(おとまえ)、今様(いまよう)をもう一曲聴かせてください。義清(のりきよ)、せっかくですから、そこで乙前(おとまえ)の今様(いまよう)を聞いてお行きなさい」
「少し固いかもしれないけど」
と言いながら統子(とうし)内親王(ないしんのう)が、折敷(おしき)から懐紙(かいし)に一つ取って、一番幼い五宮本仁親王(ごのみやもとひとしんのう)(後の覚性法(かくしょうほう)親王(しんのう))に手渡した。まだ五歳の本仁親王(もとひとしんのう)は、唐菓子(とうがし)をつまんで不思議そうに統子(とうし)内親王(ないしんのう)を見上げた。
統子(とうし)内親王(ないしんのう)と雅仁親王(まさひとしんのう)が、それを見て笑い合っている。
「もうし……」
庭先に控えていた美(うつく)しい傀儡女(くぐつ)が、遠慮がちに義清に近づいてきた。
「今さっき、佐藤義清(さととうのりきよ)さま、と伺(うかが)いましたが、もしや……監物源清経(けんもつみなもとのきよつね)さまのご縁戚(えんせき)のお方にございましょうか?」
「源清経(みなもとのきよつね)は、わたくしの母方の祖父ですが」
義清は、怪訝(けげん)そうに見知らぬ女を見て答えた。傀儡女(くぐつ)と話すのは初めてであった。艶(あで)やかな衣装の傀儡女(くぐつ)は、自分よりかなり年上に見えた。
傀儡女(くぐつ)は、はっとその場にひざまずいた。