2-3-2

【訳】
約束してくれた させも草(よもぎ)の 露(わずかな期待)をひたすら心当てにしていたのに 任官を期待していた秋も既に過ぎてしまった
【歌人略歴】
藤原基俊(ふじわらのもととし) 1060-1142年。右大臣藤原俊家の四男。藤原道長の曾孫にあたるが、官位には恵まれず、従五位上・左衛門佐にとどまった。歌壇への登場も遅かったが、院政期の歌壇の指導者の一人として活躍した。晩年には藤原俊成(藤原定家の父親)を弟子に迎えた。『金葉和歌集』以下の勅撰和歌集に、百余首入集。家集に『基俊集』がある。
2-3-3

【訳】
哀れと心をかけてもらえる人もいないまま
この世を去ることになりそう
【歌人略歴】
謙徳公(けんとくこう) 924-972年。藤原伊尹(これただ)。平安時代中期の公卿・歌人。 970年に右大臣、971年には太政大臣となるが、翌972年に没する。死後、謙徳公と諡号(しごう)される。和歌に優れ、951年に撰和歌所の別当に任ぜられ、『後撰和歌集』の編纂に深く関与した。『後撰和歌集』以下の勅撰和歌集に、38首が入集している。家集に『一条摂政御集』がある。