二、
頭を、そっーと、左に傾けてみた。
なんと!
薄暗いベッドのそばに、
古事記(こじき)(日本の神話・歴史などの書)の、国生みで使ったと思われる矛(ほこ)(長い柄の先に、両刃の剣をつけた武器)を構えた、老人とおぼしき者が、立っているではないか!
この矛で私をこづいたのであろうか!?私は、夢の夢を、よくみる。子供のころは、起きてトイレにいった夢で、たびたび、敷布団を濡らしたものである。
この年になると、そのようなことはない。
古事記の神などと、とんでもない夢の夢をみてしまったのだ、と自分で、自分に納得させて、寝なおすことにした。
頭を右にまわして目を閉じた。
「われは、伊弉諾(いざなぎ)の尊(みこと)であるぞ」
今度は、こづきにかわって、大音声(だいおんじょう)(大声)が、私の耳にひびいた。
いよいよ、死魔がきたのかと思うと、なんともいえない緊張感に包まれたが、意外と頭は冷静であった。
私は、伊弉諾の尊と、死(し)に神(がみ)とが、どういう関係にあるのかは、知らない。
返事のしようがないので、頭を真上に向けて、目を閉じたまま、つぎの大音声を待った。
三、
「そなたは、新事記(しんじき)をしるせ!」
意外な大音声である。
「死出の旅を案内する」であろうと、うすうす期待していたのに、これでは、先が、まったく読めない。
新事記の意味もわからない。
そこで、目を閉じたまま、おそるおそる尋ねた。
「新事記とは?」
「今の天上界を記すことぞ!」と、かえってきた。
「私は人間です。神さまのもとへは行けません」
再び、大音声がひびいた。
「われは、神生みの伊弉諾であるぞ!」
─そのことは、古事記を読めばわかることである。 ─妻の伊弉冉(いざなみ)と別れた夫であることも承知している。
「神生みとは、あらゆるものに、なります神を生むことぞ!」
─あらゆるものに、なれる神の名をつけて、神生みされたこと、
─神生みの最後に、天照大御神(あまてらすおおみかみ)、月読命(つくよみのみこと)、須佐之男命(すさのおのみこと)を神生みなされたこと、
─天上界を天照大御神に委ねられて、表舞台から去られたことなど、古事記を読んで承知している。
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