真亜は両親については、下を向きながら話した。
「僕の父はいつも忙しくて、そのせいか母は精神を少しやられてしまったんだ。たまに入院とかしている。今、日本はバブルでしょ? 株とか不動産に母は夢中になってるよ」
「わぁ、お金持ちなのね。私はすでに親がいないし、亡くなった時に両親の家は処分して兄と分けてしまったの。兄はそれで持ち家のローンを完済したけど、私は家を買いたくても、バブルで高くて買えないわ。日本は今、変なのよ」と笑った。
紫衣は両親との別れや愛というものの重さから解放されて、これからは自由に生きるんだ、多分結婚もしないし子供もいらない、と話していた。
紫衣は、食後のデザートにローテンブルクの伝統菓子シュネーバルをオーダーした。
私は丸い形の食べ物が好きなのよ、と言いながら。
丸々としたこの可愛らしい形のお菓子がローテンブルクのあちこちでみられて、とても食べたかったのだ。パイ生地から作られており、口の中でサクサクと砕ける軽い食感が堪らなかった。
二人はほろ酔い気分で店を出てローテンブルクのクリスマスマーケットを歩いた。
ヨーロッパのクリスマスイルミネーションはとても暖かい気持ちになる色合いで、小さな路地の暗闇までロマンチック にさせてくれるものだった。
マーケットでホットワインを飲んでいると二十二時に市議宴会館の壁の扉が開き、男の人がワインを飲み干す仕掛け時計が現れた。
この仕掛け時計は、マイスタートルンクの伝説にちなんだものなのだ。
「マイスタートルンクの伝説」は、三十年戦争の時代にローテンブルクを破壊から救ったいう大酒飲みの市長ヌッシュの話だ。
敵のティリー将軍に「3・25Lのワインを飲み干したら、街を焼き払うのを止める」と言われた市長のヌッシュが見事飲み干して街を救ったという逸話で、この時計はそれにちなんで作られたのだそうだ。
市長ヌッシュとティリー将軍の人形が、一時間ごとに時計の横の窓から出てきてワインを飲み干す仕掛け時計が愉快に見えて二人は笑った。
市議宴会館からすぐのところに紫衣のホテルはあった。
紫衣と同じホテルにチェックインするよ、と真亜も一緒にホテルに向かった。そのホテルはファミリーで経営しているこぢんまりしたホテルで、家族でクリスマスツリーに飾りつけをしていた。
「あいにく空いている部屋はないんです」と受付で言われ、困っている真亜に「同じ部屋でもいいよ、私の部屋に来たら?」と紫衣は呟くように言った。
じゃあ、部屋で飲もうよ、と照れ隠しのように明るく真亜は言い、近くの酒屋でドイツビールのベックスとザルツシュタンゲンを買った。
ザルツシュタンゲンはプレッツェルを真っ直ぐにしたようなもので、ビールにはぴったりなのだ。
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