【前回の記事を読む】もっと日本で過ごしたい気持ちが募っていく。それと同時に、脳裏に思い浮かぶのは日本の豊かな自然の情景だった。
グラデーション
「体にだけは気をつけてね。メールとメッセージを頂戴ね。ビデオコールもね。パスポートとお財布を入れたポーチは絶対離しちゃだめよ。必ず肩からかけて体の前に下げるのよ」
リサは少し涙声になっていた。
「ママの言うとおりにしなさい。國雄さんと佳枝さんによろしくな。二人の言うこともよく聞くんだぞ。じゃ、もう時間だ。中に入りなさい」
ケビンはそう言うと、リサと一緒にもう一度ナオミを抱き寄せた。
検査をすまして横を見ると、入口付近で両親がこちらをじっと見ていた。笑顔で手を振ってから歩き出し、しばらくしてから振り向くと二人はまだそこにいた。角を曲がればもう見えなくなるのは分かっていたが、ナオミは前を向いたまま歩き続けた。
夜半過ぎに離陸して約十二時間後、時差の関係で早朝五時頃に羽田に着く。乗り継ぎに二時間ほどかかり、熊本空港には午前九時過ぎに到着する。空港へは洸平さんが迎えに来てくれることになっていた。
熊本空港に定刻どおり着陸して、洸平さんの車で約一時間走り、懐かしい國雄じいちゃんの家に着いた。
何ひとつ変わっていない。あの時のままだ。
早春の野焼きから再生した阿蘇山麓の目にも鮮やかな緑も、照りつける陽の光も、風の足跡が波打つ牧場(まきば)の匂いも。
カルデラの底から噴水のように溢れ出す湧水源や、水汲み場を示す水神塔も、水船や石船と呼ばれる流水を溜める大きな流しも。
そして國雄じいちゃんと佳枝ばあちゃんのこぼれるような笑顔も。その年のお盆の御霊祭りも三年前と同じだった。
代々受け継がれてきた行事の準備に汗しながらいそしむ。時間はゆったりと流れ、胸いっぱい吸いこむ大気の爽やかな香りに心が満ち足りる。
中学生や高校生になった駿介、雄哉、昇悟、わかばの四人に念願どおり再会し、今度はアニメ『パフィー』の話で盛り上がった。アメリカで制作され、日本にはいわば逆輸入されたので四人はほとんど見ていないと知って、あらすじを教えるナオミの口調に熱がこもった。