夜の七時から自治会総会は始まった。市からオブザーバーとして村上監督の顔が見える。
会長が今日の議題と経緯を説明し、この案件について町の総意を決めたいと言った。そこまではよかったが、そのあと、長々と伐採に賛成の意を表明した。
「会長さん、今日はあなたの意見を聞く会じゃありませんわ。初めから結論ありきでは困るんです」
沙那美は遮った。そうよね、とか、しゃべらせてやらんか、とか小さな声が聞こえる。
「わたしは谷木さんの家から少し離れた同じ道に面した家に住んでいる主婦です。街から買い物で帰ってくると、坂の上にいつもあの菩提樹の樹が見えるんです。特に実家から戻ってきたときなんか、ああやっと家族が待っている我が家に帰ってきたわ、とおもうんです。わたしにとってはあの大樹は今や特別な〝家族の樹〟なんです。なんとか残したいですね」
ちょっと拍手が湧く。
次に立ったのは例の隣のおばさんだった。
「冬はええんですが、秋は落葉の掃除が大変です。風向きによっては玄関の中まで入ってきます。それに誰か樹陰に潜んでいたら怖いですわ。ですから、伐ってもらうほうに賛成です。清清しますわ」
沙那美がざっと見たところ伐採賛成は、先住民とあの菩提樹のある道路に面した人たちだった。しかしその数はそんなに多くない。
本連載は今回で最終回です。ご愛読ありがとうございました。
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