【前回の記事を読む】自治会長が会員に相談せず菩提樹の伐採について事を進めていて…なにか明るみに出てはまずい理由があるのだろうか?

神様の樹陰

誓いの樹

自治会長は総会開催を約束したが、なかなか開かれなかった。市の監督村上から例の毎日登山会から菩提樹保全の正式な陳情書が市に提出されたという連絡があった。沙那美の所属する自治会も早く市民の総意をまとめてほしいとも言う。

年度を越えても会議が開かれないのだから、総意が決まらない。現場は工事用柵に囲まれた菩提樹の周辺を除き工事は完工。どうやら会長は町論を自分に優位に導くために、この運動の風化を狙って引き延ばし作戦を始めたらしいという噂が流れた。

沙那美たちは自治会長への抗議を兼ねて、駅立ちでも自治会総会早期開催も訴えた。

六月半ば、菩提樹の枝から細長い葉(苞(ほう))が出て、その葉の中心から花柄 (かへい)が垂れ下がり、その先に淡い黄色の小花が房状に咲き始めた。辺りは心地良い仄かな芳香に包まれる。

道ゆく人はふと気がついて周りを見回し、菩提樹の花に気づく。そして葉の真ん中に咲く花の珍しさにそっと、手に取って香りを聞き、ちり紙を出して押し花をするように丁寧に折りたたんでハンドバッグにしまう女(ひと)もいる。

またとても上等の蜜が採れるからか、野生か養蜂かわからないが、夥 (おびただ) しい数のミツバチが飛び交っていた。

「やはりこの香りと花はいいわね」と掃除嫌いのおばさんも沙那美に愛想笑いをした。